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光景

福島から引っ越した小学生がいじめられていたというニュースがあった。

「金よこせ、ばいしょう金あるんだろ」って

こころはどこにあるの?

 

 

いじめなんてなくならないよ

この世のふびょうどうがぜんぶなくなって

ぜんぶの人があくいをおしころすなんて

とうてい無理なことです

 

 

いじめは良くない

そんなのみんな知ってます。

いじめている人も知ってます。

わかっててやめるならこの世はへいわです。

そんな事言ってもしかたないです。

 

 

 

もう、つよく生きるしかないんです。

みんなを善人にするなんて理想はとうてい手に負えません。

諦めなくては進まないこともあります。

だからそういう奴らからはすぐに逃げることです。なにを言われても。

たたかう方がバカなんです。

たたかったところで負けか引き分け以上の結果は、もうほとんどないです。

勝てないたたかいをするなんてバカなことはしてはいけません。

つよさは、とうぜんのようにたたかわないことを弱いことだと決めつけたような挑発に乗らず、関わらないことを選ぶことです。

 

でも子どもは、いま生きている外のせかいがわからないものです。

どこへ逃げればいいかもわかりません。

自分が正しいのかもわかりません。

だから大人が必要なんです。

 

いじめをなくそうなんて考えないでください。そんなこと無理ですから。

いじめを見てみぬふりをしている人もいじめている人と同じなんて暴論言わないでください。それは大人の責任のがれ以外の何でもありません。

 

 強く生きるしかないんです。

この世は不条理です。

いじめられて、引きこもり、人と話すのが苦手になった人が大人になったら、社会を渡るのには苦労するでしょう。

いじめられていた人は、人の痛みがわかります。僕はそれが人としてとても大切な事だと思います。

でもそれはお金になりません。地位にも名誉にもなりません。

いじめていた奴らは人を傷つけながら楽しそうにのうのうと生きています。

 

いじめられている人の、蓄積した我慢が爆発して、わけわかんなくなって、建物に放火しました。

捕まったその人は放火の理由を「むしゃくしゃしたから」と言いました。

世間はその人を怖いと思うでしょう。

でも僕は、本当に怖いのは、面白がって人をいじめ、そんな事忘れてのうのうと生きている人たちだと思います。 

 

悪いのは誰だよ。

 

 

 

 


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ともだち

もう一週間前の話ですが、ちょっと旅に出てきました。

 

岩手、花巻、宮沢賢治記念館。

 

 

僕は宮沢賢治、彼を先生のようには思っていません。

 

彼の文を読んで、姿を知って、

その生き方や考え方をお手本にして、彼のようになれるよう努力しようなんて思ってたことはありません。

 

 

僕は彼の詩や物語の中に、僕が今まで生きてきて培った考え方や想いと似たものを感じただけなのです。(おこがましいですが、すいません)

 

僕は彼のことを友達のように思っています。

 

彼の文字は僕を肯定してくれているような、分かってくれているような。

本になった彼とは、何処までも一緒に行ける気がします。 

それはジョバンニが願ったみたいに。

 

でも僕はあくまでも僕であり、僕と彼はべつべつです。

 

この思いは僕の好きなミュージシャンや作家など全てに共通していることで。

 

僕が音楽を聴き、映画を見て、本を読むのは、ずっと友達を探し続けているような感覚です。

 

実際の世界には友達があまりいないので、僕はそれらの中に友達を見つけたいのです。

 

 

 

花巻を観て回りました。 

あの人は、あの街をイーハトーブと呼びました。

それは彼自身が、生まれ育った場所への想いによって内側に作り上げたものだと思っていました。

しかし違いました。

あそこは元からイーハトーブだったんだと思います。

そういう街でした。

 

 

 


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うそ

 

嘘っぽい、嘘っぽい。ぜんぶ嘘っぽい

 

自分の、全部が。

 

嘘ばっかり。

 

 


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ひかるか

一生は、何かをするにはあまりにも短すぎる

 

一生は、何もしないにはあまりにも長すぎる

 

そうです。

 

幻想だけは見えます。

 


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こうよう

もうすぐ紅葉の季節ですね。

 

紅葉も桜も、散ってしまうから美しいんだってね。

流れ星もそうだし、人の命もそうだし、晩ご飯のから揚げもそう。

 

葉は紅くなって散っていくの繰り返し、産まれたときから死ぬ以外のゴールはないし、から揚げはいくら食べても減らなかったら誰も取り合わないだろう。

 

 

体が成長して大きくなっていくあの感じが気持ち悪かった。

紅葉みたいに人の一生も美しいもの?

 

儚さにある美しさを忘れたくはないけど、ゴールの無い道を歩き続ける戸惑いは消えないまま。狭間の。

 

 
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バックパック

 

本当に嫌になるけど、大人になるということは現実を受け入れなければいけないことで。

 

人より長く勉強しても暗記出来る量は人より少なかったり

どれだけ練習しても敵わなかったり

オシャレな格好をしてもユニクロのTシャツ着たイケメンのやつの方がモテたり

 

もっと頑張れよって言うけど、僕が持っているのは15Lのバッグで、30Lのバッグを持っている奴と同じ量の荷物をいれようとすると、30Lのバッグは余裕をもって収納できるけど、僕のバッグは本気で入れて膨れ上がってもう何も入らない。

でも30Lのバッグは本気を出すとまだまだ入るんですよ。

不公平なバッグで旅に出ても遠くに進める距離はバッグの大きさで決まる。

 

そういうクソみたいな現実を何もかも諦めて、憧れにはたどり着けないことを受け止めたとしても、嫌いな奴にはなりたくないわけなんですよ。

そう思うんですよ最近は。

嫌いな奴ばっかりだけど。

人類とか国とかの未来背負っちゃってる奴らとか、地元のダチとギャーギャー言ってるだけの奴らとか、世間とか、それを上手く渡る奴とか......

 

もう寝ます。

 

 

 


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115

 

なぜか漠然と、人生は何かに賭けなくてはいけないという意識に囚われていた感覚

 

所詮、俺みたいな人間が人生賭けたところで誰かの片手間くらいのものにしかならないので

 

逆に何にも賭けないような気ままな人生にしよう!みたいなポジティブな感じ本当に気持ち悪いし

 

昔は多少自分も誰かより上回っている部分があると思っていましたけど、もう本当にクソとしか思わなくなりましたね。

 

かなりの貧乏性なのでお金使いたがらないのが無駄にストイックみたいに取られることとかあるんですが、別に何かの為にやってるわけじゃないというか、むしろその逆なんですよ

 

いつからか幸せ拒否体質みたいなのが発生してるわけで、

幸せそうなカップルにリア充爆発しろ的なことは昔から一切思わないんですよね(明らかに人目に付くところでイチャついている輩は目障りだから帰ってやれ)

むしろ友達大勢で群れてウェイウェイやってる軍団に比べると安心感すら覚えるほど

 

 

そもそも誰かに何かをしてあげられるとか、他人の考え方を変えるとか偉そうですよね

ピラミッドとかいう概念なんていうのが思い上がりなんですよ

 引かれてある一線を目視して、自分は越えないように律するだけです

 

意味があることなんてあるんですかね

 

 

 

ああ天丼食べたい

 

 

 

こんなの眠くなるための時間潰しだよ

 

 

 

 


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