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ふらふら

フラフラした人生です。

みんなは昔から何かになりたくて
スポーツ選手とか、ケーキ屋さんとか。
それが分からなくなっても、何かに向かって頑張って勉強。
またしたいことを見つけて。

僕にはそれが、よくわかんなくて。

次から次にわかんないことがやってくる。

文系とか理系とかも。

とりあえず文系にしてみた。
理系は大学で勉強忙しいらしいって聞いたから。

大学へはとりあえず行こう。

学部?

ガンバ大阪がJ2に降格した。
社長の経営判断ミスが影響したみたい。

経営でも勉強してみよっかな。

徳島より都会に出てみたいな。

大阪の大学、経営学部に行ってみた。

高校は勉強サボったからちょっと真面目に経営学でも勉強してみるか。

図書館で本を集めてきて。
勉強、勉強。

なるほど、わかってきた。

あれ...

全く面白くない...

勉強の本より他の本が面白かった。
中学まで本なんて全く読まなかった。

高校の時に伊坂幸太郎が好きになって文庫で出ているのは全部読んだ。

大学の図書館は小説もいっぱい置いてあって(他の大学は小説とかそんなに置いてないらしい)色んな作品を読んだ。

宮沢賢治よしもとばななを好きになった。

文字って、日本語の表現って面白い。

芸術ってすごい。

ただお金を稼ぐだけとか、本当に必要かどうかわからないようなものを売るとか、こんなに面白くないことなんてないと思った。
ニーズを探して売れるものをつくって売る。
求められたものだけつくるってつまらない。

経営学部じゃなかったなぁ。

今なら文学とか心理学とか勉強したいと後悔。

現代文の先生とか、そういったものがもっと早く見えていれば楽だったかな?

何かを選んで、それが正解だったかどうかが分かるのは暫く後になってからのことだ。(もしかしたら寿命で死ぬ間際まで分からないかもしれない)

いままで幾つもの選択を繰り返してきて、答えが分かったこともある。
自分の人生はそのほとんどの回答が間違いだったという結論に達してきた。
20歳を越えた辺りでようやく自分がどういう人間かが分かりだした気がする。
それを考えると「これは自分には合わない」を確認するために使った時間が余りにも多すぎた。
気づいた時には遅すぎる、いつも。

みんなすごいな、歩んできた道を信じられて。

自分にもなりたいものがなかった訳じゃない。
小中学生の時はサッカー選手だ。
高校の時は本当にプロとして音楽を続けたいと思っていた。

でも知ってた。才能はない。
1%の才能と99%の努力なんて言葉は才能のある人の言葉だ。
同じ量の努力でも人によって差は生まれる。
才能のある人が人間の限界くらいの努力をすれば僕なんて勝てるわけもない。
時間だけは無駄に平等だから。

スポーツとか芸術とか。
それで食っていける人なんて一握り。
だからこの社会で勝ち組になるためのレールで、それなりの稼ぎを得て生きていくしかないと思った。
親も安心するし、世間体もいいし。
だから大学で真面目に勉強しようとしたけど、残ったものは気持ち悪さだけだった。

いつでも分かったときには遅かったになる。

高校までは地元の徳島ヴォルティスよりもガンバ大阪が好きだった。
あの攻撃的なパスサッカーに小学5年生の俺は魅了された。

大学1回生の時にガンバがJ2に降格して、ヴォルティスと対戦した。

一度もスタジアムで観たことないチームよりも、これまで毎週末スタジアムで応援していた地元のチームを応援していた。

これはサッカーの問題じゃない。
大阪に出てきて、自分が想像以上に徳島という場所が好きだったという事実が現れてきたのだ。

自分はこの土地で過ごした日々に、良い思い出より悪い思い出の方が圧倒的に多いのに、どうしてだろう。

家族だけには恵まれていたと思う。

小学校の時は低学年の時は良かったけど高学年の時なんて、
いじめまがいの扱い(影でTDD[短足,デブ,出っ歯の略]というアダ名で呼ばれたり)を受けて、
そういうことを言わない優しい友達には嫌われないように、その子の好きなものは自分も好きであるという風に完全に自分を抹殺して生きていた。
(今思うと本当に気持ち悪いことをしていた。小学校だけが世界の全てだと信じて疑わなかったからの行動だったのだろう。でもそれであの頃は救われていたことは事実であるからその子には今でも感謝してるよ)

中学校では部活の先輩に人間として扱われていなかったし(当時は人を殺してもいいと法律が改正された瞬間に抹殺してやろうと何度も思っていた)

高校では小学校の頃の反動でか、クラスの人とは誰も仲良くならないと決め込んで自分の世界が正義だと閉じ籠っていた。(これに関しては完全に自分が悪い)

徳島という土地で過ごした18年間に良い思い出なんて少ない。

でも青い石で舗装された川とか、一両編成の汽車とか、一年に4日間だけの熱狂とか。
そういうものを愛してやまない自分がいる。
なんでもない写真とかいっぱい撮ってる。

多分、徳島が好きとかじゃないんだ。
東京はあまりにも人が多くて、もう誰も知らないものなんてないんじゃないかと思う。
日本でも知名度の低さは屈指な田舎、かつ生まれ育った場所だから土地勘がある。
ここならまだ誰も見つけていないものが見つけられるんじゃないかっていうワクワク感。

そこだけなんだろうな。



今は就職活動という行事に巻き込まれている。
非正規はヤバいから就職しろと脅す大学に急かされて。

家族は人生で唯一の間違いないオアシスであると知っている。
だから自分は親と暮らすとだらけてしまうから徳島に帰るより近くの県外へ行きたいとか。
経営学部で、必要かどうかわからないサービスとか売るのが嫌になったからインフラに関わる企業がいいかなとか。
サッカー観たいから土日は休みがいいとか。

これまでの人生を踏まえた選択をしたつもりでいた。

でも、その先に幸せな景色が全く見えないんだよ。

この社会の普通の幸せになるレールの先に何も見えない。

高い収入が欲しいわけじゃない。
出世したい訳じゃない。
家で楽器を弾いて、曲をつくって、自分の才能のなさを嘆いて。
週末はサッカー観戦に行ったりして。
やっぱり近くでも徳島じゃないものは違うし。
結婚したいとも思わない。
ひとりぼっちで寂しいと思ったこともない。
たぶん自分が思ったことをブログとかtwitterに書いて、誰かが見てくれてるって思い込むだけで満足な人生なんだ。

でもレールに乗ってる方が家族孝行にはなるだろうな。

結局この歳にもなっていい子でいたいだけなんじゃないか。
自分勝手になるのを怖がってるだけなんじゃないか。

たぶん親は僕がどうなろうと心配するだけで文句も言わないだろう。
もっと親が出来損ないなら楽だったのかな。
そんな贅沢な悩みふざけてるよなぁ。

ヘンリー・ダーガーのように生きてみたい。

ただそれだけなのに。

どうして。